よしなしごとダイアリー

日常のあれこれをああでもないこうでもないと考える

一澤帆布のお家騒動

京都の帆布のカバン屋として有名な一澤帆布


先代がお亡くなりになってから家業を継いでいた三男のもとに、
銀行を早期退職して三河から戻ってきた長男が
遺言書をタテに経営権を主張して来たのが2001年の話です。


以前の遺言書が毛筆書きで証人のあるちゃんとしたものだったのに比べ新しい遺言書はボールペン書きの上、ハンコが「一沢」であるというものです。


いかにもうさんくさいじゃないですか。


裁判所で真贋が争われたものですが、日付の新しい遺言書がニセモノとも断定できず、長男の遺言書が有効になったんですね。


オレが社長になるといってもいままで銀行勤めしていた長男に実力も人望もあるわけがなく、三男はミシンその他の機材全てと職人全部を連れてそっくり道の反対側の店に移転したのでした。名称も信三郎帆布とあらため、以前の常連客でにぎわっておりました。
まあ、なんて泥臭いお家騒動。TVのドラマみたい。


ブランドネームと空っぽの店だけが残った長男もこのままでは終われません。
職人をハローワークで募集して、足りない分は四国の工場に発注して、なんとか商品をこしらえて16日に開店にこぎつけました。


今日のMBSのニュースを見ると、開店早々なので一澤帆布も結構行列が出来てるみたいでした。
三男の信三郎さんが神戸大学の教授に遺言書の筆跡鑑定をしてもらっており、
「これは字を似せてもいない。どうしてこれが本人のものだと裁判所が認めたのか判らない」
という結果でした。


長男氏へのインタビューでは
長男は京都大学を卒業して銀行勤めをしている自慢の息子だったのだが退職して故郷に帰ると、
弟が立派に店をもりたてているのに嫉妬したのではないかという、
あまりにもあからさまな問いに答えて自分はそんなことはないと断りながらも、


「信三郎は僕に対して一回も謝らへんやん。
彼が謝ったりなんかしたら事は済む。
僕が思っているのは 壁際に追い詰めて そこから一歩引けばいいと」


10年後はこの店はどうなっていますかの問いには
「僕は生きてるかどうかわからんよ(笑」


長男氏はカバン作りとか職人さんの処遇には全く興味はないと見ました。
兄弟げんかの道具にカバンを使うな!といいたいですな。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E6%BE%A4%E5%B8%86%E5%B8%83%E5%B7%A5%E6%A5%AD一澤帆布ウィキペディア

http://www.mbs.jp/voice/special/200610/19_5228.shtml
MBS「VOICE」10/19放送「一澤ブランドの継承者その素顔」