よしなしごとダイアリー

日常のあれこれをああでもないこうでもないと考える

阪神大震災では首長の判断が遅くて2000人が死んだ」と石原発言

石原都知事が「首長の判断が遅くて2000人が死んだ」と発言したというのだけれど、当時東京にいたであろう石原さんにそんなことをいわれたくないのである。少なくとも石原さんにはなにもしてもらった覚えはないんである。それならバイクでボランティアをしてくれた田中康夫長野県知事のほうがまだましだった。


当選してご機嫌で口が滑ってと言うのか、ウチは自衛隊と緊密に連絡取ってるから災害時にも速攻救助に来るんだ!なんて自慢するのも子供っぽくてアホらしいけれど、兵庫県の首長(クビチョウと発音していた)が2000人を見殺しみたいな言い方はないんじゃないかと思うのである。たしかにあのときの貝原さんの働きは満足がいくものではなかったけれど、東京にあの規模の地震が来たら石原さんだっていかほどのことが出来るものか。


誰もあの時神戸で何が起きているのか把握出来た人はいなかったと思う。地震の中心部の最悪の状況は徐々に明らかになっていったのだった。震度計が壊れるほどの地震だった。通信設備も同時に壊滅していたので連絡の取りようもなかったのである。
(電話による連絡網は本当の災害時には使えないと言うことがわかり、小学校は災害時の緊急連絡および安否確認のため近所の家を相互確認して歩いてまわる連絡網?を作った。こんなものを使う日が来ないようにと思っているうちに個人情報保護法が出来て連絡網もなくなっってしまった)


あのときはみんなたいへんだったし、みんなで助け合って頑張ってたんだから。潰れた家から這い出し、動ける人は近所の人を助け出していたそうである。


外からの助けなんて道路は寸断されてるうえ、通じている道路は避難する車で渋滞、現場までたどり着くのにも時間がかかるのだ。
しばらくは車が通れないのでバイクが大活躍していた。電車が通じるようになっても歩道のガレキはまだまだたくさんあった。


消防員はそれこそ頑張ってくれた。もっとも消火栓の水はすぐに尽きてしまい火を消すのに水がなかったけれど、川や海岸から水を汲んだりしたのだそうだ。TVを見ていると火事なんてヘリで消火剤を使って早く火を消したらどうかという声もあったようだけど、消火剤は酸素を奪って火を消すので、まだガレキの下に埋もれている人がいる可能性がある状態では使いたくても使えなかったのだ。そこでヘリは巨大なバケツで海から水を汲んでは撒いていた。何で火が消えないんだと思いつつTVを見ていた当時を思い出しましたよ・・・。


自衛隊はその後の避難生活にも十分活躍してくれて、お風呂や救援物資など助かったので感謝してます。


過去の地震を自らの教訓としなかったらなんのためにあの経験があったのかと思います。


http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/kishanome/news/20070426ddm004070051000c.html
毎日新聞 記者の目:石原・都知事の阪神大震災発言=小園長治(豊岡支局)」


http://sinsai.fdma.go.jp/search/search_menu.php?CATEGORY=1&LEGAL_ON=1
阪神淡路大震災関連情報データベース


http://www.bo-sai.co.jp/sub6.html
阪神・淡路大震災