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よしなしごとダイアリー

日常のあれこれをああでもないこうでもないと考える

ジパングは日本じゃない?

今日の朝日新聞に「『ジパング』実はフィリピン?」の記事。

8月に上梓された「ジパングと日本」(的場節子著)をとりあげて、黄金の島として人々の憧れだったジパングが、実はフィリピンではないかと言う説を紹介しています。





写本は150点ほど残っているが、「ジパング」という地名は当初、登場しない。的場さんの調べでは、黄金島の表記はさまざまだったが、昔はチャンパグやツィパングが目立つ。日本での定番とされる東洋文庫の(「東方見聞録」)(平凡社)も「チパング」だ。
ジパング」という音が資料に登場するのは17世紀初め。ポルトガルイエズス会士のロドリゲスが「日本教会史」のなかで、「日本国」の中国語読みの「Jepuencoe」や「 Jiponcoe」が転じてZipanguとなったもので、見聞録の黄金島は日本だと主張。的場さんはこの考えがイエズス会歴史家に継承され、西洋で「ジパング=日本」が定着、日本に輸入されたと分析する。


中略


では見聞録の黄金島とはどこなのか。
的場さんは、スペインやポルトガル、イタリアの図書館、修道会などを回り、大航海時代の多数の文書や地図を10年がかりで集めて読み解いた。
16世紀のものが中心で、シャンパグなどの名前で黄金島はたびたび登場するが、位置的には熱帯になっていた。

特にスペインが手中にしたフィリピンについては、どこで金が取れるかなどの黄金情報があふれていた。
一方日本では金が取れるのかなどの情報は見当たらない。地図を見ると日本はかなり北にあり、島ではなく半島との認識もあったこともわかり、「ジパング」はフィリピンを中心とした多島海地域を指したとの考えに的場さんは至った。
(以上一部抜粋)


ポルトガルが日本がジパングであると主張し、スペインと海上覇権を争っていたと言う図式。日本でたいして金が取れないのに何で黄金の島といわれていたのかと思っていたのですが、この説はなるほどと思うでしょう?もうへえ〜20連発。


もっとも五野井隆史東大名誉教授は賛同の姿勢、杉山正明京大教授は弘安の役と合致するので黄金島は日本で間違いないと反論、専門家の間では意見が分かれておりまする。


http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200709040081.html
「黄金の島『ジパング』実はフィリピン?」