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よしなしごとダイアリー

日常のあれこれをああでもないこうでもないと考える

死刑執行人サンソンー国王ルイ16世の首を刎ねた男

死刑執行人サンソン

18世紀フランスの死刑執行人のお話です。
処刑人の4代目シャルル=アンリ・サンソンの残した日記をはじめ、6代目のアンリ=クレマン・サンソンの「サンソン家回想録」などの資料があり、実に詳しくその生活を知ることができるのでした。


荒木飛呂彦先生がこの本を読んで「スティール・ボール・ラン」の設定のヒントにしたというので、わたしも読んでみました。


死刑を望む民衆も直接手を下すのはためらわれるので、死刑執行人にその仕事を委ねるわけですね。自分たちで依頼しておきながら、人を殺すという仕事についている彼らを不可触賤民として忌避するのでした。
しかし死刑執行人は無知でもなければ貧乏でもない。蔑まれるいわれはないんであります。国から16000リーブルの年俸をもらい、代々医業を副業にしてもおります。人間の身体について熟知していることはまちがいなし、薬・軟膏の販売も営んでおりました。
処刑の文を読んで理解しなくてはならないので教育も必須でした。


ギロチンが発明されるまでは絞首刑や八つ裂きの刑が執行されていました。
想像を絶するその八つ裂きの刑とはいかなるものか?ダミアンの例を見て見ましょう。


死刑のそのまえには拷問というものがあります。
「足責めは、上下各二組、計4枚の板からなる頑丈な足枷で足を上下から挟み。2枚組みの板の間にハンマーを使って楔を打ち込んでゆく。こうすると、直接足を挟む上下2枚の板の間隔が狭まり、足をぎりぎり締め付ける。この足責めの拷問に使われるのが『プロドカン(編み上げ靴)』という器具で、初代サンソンの妻マルグリットが父親のジュアンヌ親方に拷問にかけられたときに使用されたのがこれだった。
 ダミアンは足責めの拷問にかけられた。楔は最高で8個まで打ち込まれることになっていたが、まだ楔の打ち込みが開始される前、足枷をかけられた時点で、ダミアンはあまりの痛さに大きな叫び声を上げ、気を失ってしまった」
中略
「ダミアンが意識を回復するのを待って拷問が開始された」

続いて死刑執行。
「夕方5時、ダミアンは処刑場のグレーヴ広場に到着し、処刑台の上に運ばれた。広場は群集でいっぱいで、広場を囲む窓という窓には人が鈴なりだった。処刑台の周りには防護用の策が設けられ、大勢の兵士が警備に付いていた。処刑台の上には焜炉が置かれ、硫黄の燃える独特の臭いが辺りに立ち込めていた。
 まず、ダミアンの右腕が鉄の棒に固定された。ガブリエル・サンソンが焜炉の火を近づけ、ダミアンの右手を焼きにかかった。(中略)
 次にガブリエルの助手が鉄製のやっとこでダミアンの体の数箇所を引きちぎり、それぞれの傷口に順々に、沸騰した油、燃える松ヤニ、ドロドロになった硫黄、溶けた鉛を注ぎ込んだ。これらの儀式は八つ裂きの刑に付随するもので、判決文にもいちいちこと細かく指示されていた。
 このあとダミアンは処刑台から降ろされ、処刑台近くの地面に水平に据えられたX字型の十字架に縛り付けられた。ここからが本番なのであった。
 ダミアンの両手両足がそれぞれ4頭の馬の馬具に結び付けられた。それから馬に笞が当てられ、馬はそれぞれの方向に突進した。4頭の馬は蹄を滑らせるほどに力を込めていたが、人間の体というものは意外と頑丈なもので、3度繰り返しても手足はちぎれず、ただ途方もなくだらりと伸びきっただけだった。ダミアンはまだ生きており、激しい息をしていた」
(第2章 ギロチン誕生の物語より)

かように残酷な処刑はよろしからぬというわけで、改良されたのがギロチンです。絞首刑は庶民の刑で、貴族が斬首と決まっていたのですが、フランス革命により一般庶民も貴族同様一律斬首となりました。しかし斬首は技術もいるし難しい。そこで登場したのがギロチンでした。


サンソンの一代記もさりながら、処刑のすさまじさにおどろいたのでした。
一族の物語ってあたりにジョジョと似通うものがありますね。